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~ポルノグラフィティに関するブログ~
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ちょっと前にポルノ好きの間で『ハート』が話題になりました。

という事で、今日は『ハート』について考えてみたいと思います。

曲調は、ポルノの全曲中にもなかなかないような完全なるバラード。

作曲はTamaさんですが、この曲の主題(昭仁さんが歌う旋律)や

ギターソロなど、殆どのメロディが三連符になっています。

なので、少し複雑なつくりになっている曲なんですが、そんな不思議なメロディが

より一層、この曲の持つ穏かさや世界観を顕著に表していると思います。

歌詞はお馴染み、晴一さんなんですが、

この曲は歌詞に不朽の定評がある曲だと思うんです。

今回、この歌詞について話題になった、この曲についての仮説があります。

『自分(僕)が死んでしまった説』と『彼女がなくなってしまった説』です。

この歌詞を読んでいると、どちらか一方が亡くなってしまったように取れるのは

私だけではないと思うんですが、どっちが亡くなってしまった歌なのかは、

正直、私にも分かりません。どっちにしろ、この歌詞に不自然が生じないからです。

でも、私は『彼女が亡くなってしまった説』だと思うので、そちらの視点で

分析していきたいと思います。

『ねぇ君 見てごらん これが僕のハートだ~まるで幼い妹』は、

まるで『僕』が死んでしまった彼女に語りかけているように思えるんです。

『赤く腫れているのが~分かるかい』のところは特に、そんな遠いところからも

『僕』の赤く腫れあがったハートは見えているだろうか。『天国』という遠いところに

いる彼女に、聞いているかのように思えて仕方ありません。

『もし迷惑じゃなければ しばらく預かってくれないか?』は、

もう亡くなってしまった彼女の事を忘れられず、『君』のことを忘れれるように

ハートを預かって欲しい。『君』への想いだけを募らせて、『僕』を困らせる

ハートを、せめて『君』を忘れられるまで、想いと共に預かっていて欲しい。

そんな『僕』の気持ちが表われているのだと思います。

『泣き出したら 手を包んで~はしゃぎだすだろう』は生きていた頃の『君』の事を

思い返したり、『君』が生きていたら、どんな生活を送っているのだろうか、

そんなことを思いながら感慨に浸っているのでしょう。

サビの部分の歌詞を見ると、『僕』は『君』の事を本当に良く見ていたんでしょうね。

だから、もし機嫌を損ねて泣いてしまったら、手を包んで『愛しているよ』と言って

口うつしでキャンディをひとつぶあげよう。そうしたら『君』は機嫌を良くして

かけてってはしゃぎだすだろうな。

そこまで分かってしまうくらい『君』の事を愛し、いつも見つめていたんでしょう。

『やっぱり無理だろうね 胸に帰しておこう』では、

やっぱり、ハートを誰かに預かってもらうなんて無理なんでろう。つまり、

今は亡き『君』へと募り募る想いから目を背けることなど、あなたを忘れる事など

出来ないんでしょう。赤く腫れあがったハートは『僕』の外に出てしまえば

風に吹かれるだけで痛み出すような状態なんだろう。

だからこそ、胸に帰しておこう。そんな自分の思いと、正面から向き合おうとしている

『僕』の気持ちが表われていると思います。

『大丈夫 気にしないで~わかってくれると思う』は、そんな痛々しいハートを

自分の胸に返すのだけど、『僕』のハートだから心配する必要はない。

ちゃんと『君』を愛していた事、君が生きていたという記憶を受け入れるど同時に、

『君』はもういないことを受け入れられるように、言い聞かせるよ。

『僕』のハートなんだから、わかってくれると思う。

そんな『僕』の、『君』のいないこれからを生きていくうえでの課題が

述べられていると思います。

『もう大人にならなくちゃ 迷子にならないようにね』では、

『君』のことでもう迷う事の無いように、惑わされる事の無いように、

大人になろう。そんなとこだと思います。

『目を閉じれば浮かんでくる~夢だなんてね』は、

『君』を失ってしまった僕にでも、夢を見ることが出来る。でも、『君』を

失った今では、夢を見せる事以前に、そんな夢について話すことすら出来ない。

そして『僕』は夢とは一人で見るものだと思い知らされたのでしょう。

もしかしたら、『僕』が見た夢とは、一番のサビの部分の事かもしれませんね。

『朝と夜が~出逢ったとしたなら ほら』の部分は、

朝と夜がこれからも変わることなく来る、永い永い時間の流れの中で

もしも僕たちが再び巡り会うことが出来たなら、これが『僕』が『君』に見せたかった

夢なんだ。そのように私は解釈しました。

『ほら』が何を示しているのか、私にははっきり分かりませんが、

私は、『僕』の夢とは、『君』と再びめぐり合って、一番のサビのように

2人で同じ時間を過ごすことだと思います。

『手を広げて十字架を真似た~弱いこの僕』。

手を広げて十字架を真似たのは、天国にいる『君』に

これから生きていくうえでも、『君』を愛していた事は嘘じゃない事を

証明したくて、誓いたくて、真似たのではないでしょうか。

そして、『君』を愛した記憶に負けないように、弱い僕なりに

がんばっていこう。そんな意味の歌詞だと思います。


中には、この曲が『死』を題材にした曲ではないと思う人もいるかもしれませんが、

私は、これは『死』を題材にした曲で、『僕』が『君』の死に打ちひしがれながらも

受け入れて生きていく事を書いた詞だと思うんです。

歌詞の意味を深く考えながら聴いて欲しい一曲だと思います。




そして、リクエスト募集中!

分析して欲しい曲があったら是非、分析させてください!

次はリリィリクエスト、東京事変の『修羅場』をやります!

・・・テスト終わったら(笑)

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今日は、知恵リクエスト『ラック』について考えていこうと思います。

この曲はポルノ史上初の完全限定生産でしたが、ランキングで一位になり

10万枚しか発売されておりませんが、非常に親しまれている曲のようです。

Tamaさんのいるポルノとしては最後のシングルでした。

Tamaさん作曲のギター・ベースなどの楽器本来の音が最大限に生かされた

曲で、曲自体の雰囲気としても今までにない曲であったと思います。

晴一ワールドな歌詞は、私の考えでは

『僕』をとりまく現代の街についての曲であると思います。

そして、題名の『ラック(LACK)』とは不足、欠乏。

つまり、足りない。という事を意味します。

この曲の歌詞の殆どは、無くす、無くなる、足りない・・・・

そのような事にまつわる歌詞になっています。

『ラック』の意味を踏まえて歌詞を読むだけでも、新たな世界が見えてくる

曲だと思います。

『路地裏に~粗暴』は、まさに路地裏に蔓延る凶暴で粗暴な人で溢れる現代の事です。

『展望』とは社会の動きや見通しのこと。そんな先の見えなくなってきている現代には、

今日も荒れた少年の絶叫が響き渡る。といったところでしょう。

『つまりそのナイフは少年 君なんでしょうね』は私が思うに、

『おい少年!何だそのナイフは!』みたいな意味ではなく、近づくと怪我を負わされそうな

凶暴な少年は、触れれば血の出るそのナイフと同じ。『君』こそがナイフのような

武器そのもの。といいたいのだと思います。

『残された~投げつけていこうぜ』はそんな少年たちの現代社会への関心の無さ。

社会の動きが見えない世の中で、最後のお金を捨てるようなものです。

最初のこの部分は、現代を風刺したところと言えるでしょう。

『星空さえも~街を見ろよ』は、この街はある筈の星たちを見えなくするだけではなく

展望は欠落し放題にする。つまり、先の見えぬ社会に人々は這いつくばり、彷徨い歩く

ような街だ。という意味でしょう。

『今やそのせいで~姿もおぼろげ』は、今ではそんな街の所為で、空には星明りも無く

空はからっぽ同然。蛍光灯などの人口光だけのこの街では、会いたい人の姿も

かすんで見えにくい。という事だと思います。

サビ以降は、『僕』の街に対することが書かれていると思います。

『欠落感』はなにか一部が欠け落ちている事を感じること。

そんな背筋の凍るような欠落感は喉の渇きにも似てるが何かが足りない。

だが、『僕』に押し付けられた世界の酷さには、顕著(=際立って目に付くよう)に

欠落感が確実にある。そんな 『僕』の考えが描かれています。

『殴り倒したい~指先に絡む』までは『僕』の『この街』に対する思いの葛藤

だと思います。自分が殴り倒したいのは誰だ?こんな街に、涙など枯れてしまった。

切実な愛撫が欲しい。憎むべきなのは弱さだ!

そんな考えをしているうちに、口の中のガムはミントを失っていく。

『ミント』という大事な要素をなくしたガムの現状を見て、いたたまれなくなって

逃げ込もうと試みたけれど、全てを失った人たちの住むスラムが出口を

阻んでしまうため、逃げ込むに逃げ込めないでいるということでしょう。

『ずるい現代の~深くにきくのさ』で、『センチメンタル』とは感傷的、涙もろいさま

を意味します。ずるい現代の悪臭に耐えて見せたけど、やはり『僕』は

前時代のまま、センチメンタルな僕で、涙を流してしまうような僕。

そんな現代の街にとらわれない前時代のままのセンチメンタルは、

葛藤する頭中の深くにきく。ということだと思います。

サビの『閉塞感』は、出口が塞がれているような感覚のこと。

つまり、『僕』はスラムが出口を塞ぐと知りながら、そこに逃げ込んでしまったんでしょう。

ほこりっぽい地下で見張られているような、圧倒する閉塞感。

そして、ここ以外には世界がなくなってしまったように思わせる、殺到する閉塞感。

そこで初めて『僕』はしくじってスラムが出口を塞いでいる場所へ入ってしまったことを知り

欠落したものをリアルに感じる苦しみを知った『僕』は、ネジをなくして崩れた

ガラクタみたいなものだった。

私が思うに、『僕』は『欠落感』を恐れ、逃れようという少年だと思います。

だが、スラムに出口を阻まれ、しくじったことで欠落感を味わってしまった。

『欠落感』から逃げようとした事で、『欠落感』を感じてしまったんでしょう。

そして、『欠落感』は大事なネジをなくして崩れてしまったガラクタのようなものだった。

それを『僕』は身をもって知ったんでしょう。

この歌詞には『欠落』『欠乏』を思わせるところがたくさんあります。

街に欠落が溢れ、それを恐れる少年の話。それが『ラック』だと思います。

最後に『僕』がリアルに感じた『欠落したもの』。

それがなんなのか考えてみるのも面白いかもしれません。

 

今日はリリィのリクエストで『うたかた』の曲分析をやります!!

リリィ、リクエストありがとう!!そしてまだまだリクエスト待ってます。


曲は本間さん作曲で、このアルバムのオリジナル曲の中では

どうやら一番人気のある曲のようです。イントロのニ胡が幻想的な雰囲気を

醸し出していて、シングルになっても文句なしの一曲だと思います。

でも、注目すべきは歌詞ではないでしょうか。

『うたかた』とは漢字で『泡沫』と書きます。意味は水面に浮かぶ、すぐ消えてしまう

泡のことなんですが、儚いもののたとえとして『泡沫の恋』などとも

使う事が出来ます。

この曲は正に、『儚さ』を歌った曲ではないでしょうか。

最初に出てくる『蜉蝣(かげろう)』とはカゲロウ目の昆虫の総称なんですが、

成虫は命が数時間から数日しかないため、『泡沫』と同様、儚いものの

例えに使われる言葉です。

体はか細いけど、大きな羽を持っていて、夏に群れになって水辺を群れとなって

飛ぶ習性があります。幼虫は砂の中で一年から三年ほど暮らします。

夏に生まれ、夏に散り行く虫。それが蜉蝣です。

これを踏まえると、この歌の主人公は、一番では、蜉蝣と自分の恋を

照らし合わせていたんでしょう。

蜉蝣を見て愛しく感じたのは、ただ単に儚い物を見て愛くるしく感じただけかもしれませんし、

もしくは、主人公も心のどこかで恋が叶わない事を知っていて、

自分の恋と同じ儚いものとして、愛しく感じたのかも知れません。

『土の中にかくれんぼ~土に還る』は歌詞の通りです。1~3年土の中にいて

数時間から数日しか地上で生きられない蜉蝣はすぐに土へ還ってしまいます。

『儚くも散り行く姿重なった』は蜉蝣同士が重なったのではなく、自分の恋と

主人公が見ていた蜉蝣が重なった瞬間なんでしょう。

サビでは今までと一転して、主人公の心情が描かれています。

内容からすると、この主人公の恋は、散るほかに無い儚い恋なんでしょうね。

蜉蝣は儚く散っても還る場所があるが、恋は還るところも無ければ、

また、同じ人に対して生まれる事も無い。

そんな蜉蝣とは違う儚さが描写されていると思うんです。

二番の、『夜光虫』とは、海に住むとても小さな原生生物で、波の衝撃で青白く

発行する生物の事です。

『夜の海に光を~道しるべなのか』では、そんな頼りない小さな光に全てを託し、

旅をする旅人のことを表しているのだと思います。

波によって光るということは、その時によって光り方が違う。

恋も、その時の心境によって進む方向が違うのかもしれません。

『薄明かり這いつくばっても行かなくちゃ』は、『あなた』への道しるべは

もう夜光虫のような小さな光のようでしかない。だから、せめてそれが消える前に

『あなた』のほうへ、あるいは『あなた』の気持ちに近づかなければ。

そんな焦りが表れているところだと思います。

二番のサビも、そのままだと思いますが、

『あなた』まではひどく遠いけど、道しるべは消えそうで足を止めてなんかいられない。

あなたを探すのに夢中で、道の途中が目に入らない。

そんな感じだと思います。

『数多幾千泡沫と消えた~燦々と浴びてみようか』は、

『うたかたと消えた』は、恐らく恋が散ってしまったということでしょう。

なら、その想いを燦々と浴びて、振り返ってみよう。と

主人公は思ったのでしょう。

最後のサビは、恋は実らなくて悲しい思いをしたけど、

『あなた』が好き、という気持ちに気付く事が出来たのは幸せな事なんだろう。

胸は爛れ締め付けられて痛々しいけど、どうか恋を咎めないで欲しい。

還る場所が無いから、この恋を忘れる事など出来ないけど

せめてしんと眠りに就かせてほしい。そっとしておいてほしい。

そんな主人公の想いが描かれていると思います。

『咎める』とはこの場合、責める。非難するという意味でしょう。

叶わぬ恋だったけど、『あなた』に恋したことを非難しないで欲しい。

失恋した人は、誰しもこんな想いをするのでしょうね。

只今帰りました、葉月です。

今日は、『ネオメロドラマティック』の曲分析をしたいと思います!

今回は、曲の事も書きたいんですが、長くなりそうなので

歌詞の事のみにします。すいません・・・

この歌詞はとても遠まわしに居ているので、難しいと思いますが、

ここからの文章は、私が一番意味が通じるように読み取った

あくまで個人の考えです。

はっきり言ってしまうと『まほろば○△』的になってしまうんですが、

私は、この曲は『体を売る』人の歌だと思うんです。

『自分の純情を~キャンディを』は、自分の限りある純情の代償に、

自分にとっての報酬、または褒美を貰っているということではないでしょうか。

『舌で転がしながら~無いようだ』では、それを貰っている自分の、

言葉にならない言葉は、決して『助けて』とは言っていない。

『いつも感じている~探している』は、自分は既に寒く深い闇の街に飲み込まれ、

そんな街の一部になっている。そのはずなのに、今の生活が幸せすぎるのが

不幸で、そんな自分を戒めるための『切れない剃刀』が欲しいと言いたいのだと思います。

皆さんが一番謎だと思うのが、

『君はボイルした 時計の皮むきにただ夢中になっている』だと思いますが、

これは、ニュートンの逸話。あまり人には知られていない話なんです。

その昔、ニュートンは卵の実験をしようとしていたが、急いでいたので間違えて

自分の懐中時計をお湯の中に入れてしまった。それに気付かずに

ニュートンは必死に皮をむこうとしていた。という話からきているんでしょう。

つまり、人は必死になると、それ以前の問題に気付かなくなってしまう。

そんな我々の道理になる逸話なんです。

この歌詞で言うと、必死に新しい恋を手に入れようとしているのに『君』は

純情が無くなっていくのに気付いていない。だから『助けて』の言葉が無い。

そう考えれば筋道がつきます。

サビは、泣きながら必死に『皮むき』をしている『君』に情熱の歌が寄り添う。

過去か未来、つまり時間の流れや自分自身の記憶があったなら、こんな街にだって

見つけられるかも知れない、という切なる希望だと思います。

『群集に紛れて~希望というアイデンティティ』。

アイデンティティとは、自分自身が時間や環境の変化に関わらず、持ち続け

る、いわゆる自己を主張できる物のこと。この歌の場合、『君』の

アイデンティティは『希望』なんですが、サビにもあった様に、こんな街にいながらも

僅かに希望を持ってはいるけれど、やはり枯れそうになってしまう。

『空気を奪いあう~風を浴びている』では、希望の無い『この街』は、

空気でさえも奪い合っているような状況だ、と言いたいのだと思います。

『君は砕かれ~岩のために祈った』は

そんな街を作るための犠牲となった岩に祈りを捧げているんでしょう。

『最後まで付き合おう~僕らしかいないみたい』はそんな『君』の前に

現れた、『君』を理解してくれた人の想いだと思います。

『体を売る』という事は、その場限りのこと。でも『僕』は『君』とその場限り

では無く、ちゃんと最後まで付き合いたいと思ったんでしょう。

その後の『君の『愛して』が僕に『助けて』と確かに聞こえた』は

自分を理解してくれる人に出会って、自分の『皮むき』以前の問題、

純情がなくなっていることに気付いた。だから『助けて』と聞こえたのではないでしょうか?

『ネオメロドラマティック』の意味は、『ネオ』は新しい、『メロドラマ』は恋愛ドラマ、

『ドラマティック』は『~な生き方』という意味になるので、

いろんな意味になると思いますが『新しいドラマな生き方』とか

『新しい恋愛の生き方』とか、人それぞれの考えがあると思います。

サビが『咲こうが摘まれる~』から『咲こうともがいてる』に変わったのは、

『摘まれる』のほうは世間、つまり『街』の考え。『もがいている』のほうは

『僕』の考えだと思います。

何にしろ、物凄い奥の深い曲だと思います。

本日2回目の書き込みになりますが、

Mr.ジェロニメさんのリクエストで急遽『愛が呼ぶほうへ』の

曲分析をします!Mr.ジェロニメさん、ありがとうございます!


曲はお馴染み本間さん作曲で、

曲調はミドルテンポな、心温まるバラード調になっています。

ポルノの中でも、最もバラードの王道を行く曲ではないでしょうか。

この曲で昭仁さんが初めてピアノを披露したことや、

因島での凱旋ライヴで観客の皆さんと合唱したり、

ファンの皆さんにも印象深い曲であると思います。

歌詞は晴一さんなんですが、なかには

この歌詞の『僕』はストーカーではないか、とか言う人が居ますが、

もっと深く聴いて欲しいです。とってもいい曲だと思うんです。

『My name is love』で分かるように、『僕の名前は"愛"』

つまり、この曲の全ては"愛"視点で書かれているものだと思います。

『償う人の背に~望むまま』では、何らかの罪を犯し、

それに対して償う人にも、雨なんかじゃなく綺麗な水をあげよう。

そういう間違いをしてしまった人にも"愛"は平等だと言うことを

いいたいのではないでしょうか。

『戸惑う人の目に~手をとってあげよう』では、何かに戸惑っている人、

何かに悩んでいる人には『吹き付ける風』のように

追い討ちを掛けられるけど、そういう時も"愛"が何らかの形で

私たちの手をとって導いてくれる、という事だと思います。

サビの部分は、"愛"から私たち、つまり曲を聴いている人に向けての思いでしょう。

確かに私たちの周りには色んな愛で溢れています。

家族愛、兄弟愛、恋愛、友愛、愛玩、愛吟・・・

他にも『愛』のつく言葉や名詞も数え切れないほどあります。

これらの愛はいつも傍にいる"愛"もあれば、生きていく上で

何度も出会う"愛"もあり、近くや、または遠くにある"愛"もある。

私たちの身の回りにはこんなにも"愛"で溢れているというのに、

私たちはそれを忘れがちなのかもしれません。

『幼い恋の瀬に~受け止めていた』までは、"愛"は嬉しいときや楽しい時だけではなく

喜怒哀楽関係無く、私たちの傍に居るということではないでしょうか。

失恋した自分のために一緒に泣いてくれた友も、黙って見送り、行くまで涙を

見せなかった父の行動も"愛"があっての行動。そう言いたいんだと思います。

2番のサビも一番と同様で、私たちに対する呼びかけだと思います。

『幼い恋の瀬に~』であったように、喜怒哀楽の全ての感情において

"愛"から生まれた物。つまり喜び、悲しみ、怒り、憂い、

全ての感情は"愛"がもつ名前の一つに過ぎない。

時には永遠に連れ添ってく悲しみだったり、一瞬の喜びや幸せだったり

するけれど、私たちにとっての全てに違いないんでしょう。

『花が空に~愛が呼ぶほうへ』のところは、私も意味の難しいところだと思ったんですが、

何故花は空に向かって伸びるのか?

何故旅人はそこまでして海を越えていくのか?

そう考えると、芽吹くことを知らない花がないように、呼吸を知らない動物が

居ないように、それこそ私たちが知るよしも無いような

大きな愛によって導かれてこの世の全てが成り立っている。

そういうことがいいたいのかな、と私は思いました。

全ての物は生まれながらにして、いつかは滅びる運命を背負いながらも

何故生き続けようと、あり続けようとするのか。

いつかは無に帰すと分かりながら、何故そこまで頑張るのか。

それも"愛"によってのものなのかも知れません。

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